孫文生誕160周年記念
福井県立大学名誉教授
全日本華僑華人中国統一促進会名誉顧問 凌星光

孫文は1924年11月、神戸で「大アジア主義」というテーマで講演し、大変重要の思想を語った。その精神と主旨は、現在謳われている「人類運命共同体」理念に相通ずる。後者を実践することは、孫文の崇高な精神を継承することでもある。ここに、孫文の大アジア主義と人類運命共同体との関わりを究明し、今後の日中協力の在り方について述べてみたい。
一 孫文の大アジア主義(1924年)
1 西方文明(覇道)に対して東方文明(王道)が勝利
孫文は、東方は古い文化の発祥地であったが、最近数百年に至ってアジア諸民族は委縮し衰退した、とアジアの人類史上での位置づけを先ず語った。確かに、世界四大文明(エジプト文明、メソポタミア文明、インド文明、中華文明)は北アフリカから中東、アジアにかけて発祥した。とりわけ中華文明は世界でも突出し、「独強」時代が長く続いた。ところが、近代に入って、ヨーロッパの諸民族が発展し、世界の非ヨーロッパ諸国は植民地化し、アジアでは独立国家がなくなってしまったと孫文は嘆く。そして日本だけは不平等条約を廃棄し、完全な独立国家になったと高く評価し、大きな期待を寄せる。
約100年後の現在、中国をはじめとするグローバルサウスが目覚ましい発展を遂げており、東方文明が西方文明に勝利する時代がやってきたと言える。孫文の予言と期待は今現実化しつつある。
2 王道文化:仁義道徳の文化、人を感化する文化
東方文明の特徴は何かと言えば、王道文化であり、仁義道徳を説いて人を感化する文化であると説く。現在日本では宗主国・朝貢制度を中華覇権思想と否定的に見られているが、孫文はこれこそが王道文化の現れであり、その感化力の典型例としてネパールが中華民国元年(1912年)に朝貢してきたことを挙げている。
中国の現政府もこの精神を受け継いでおり、元憲兵土屋芳雄の「つぐないに、ひたすら歩み」(花烏賊康繁編著)は如実にそれを物語っている。土屋氏は、中国で多くの人を殺害し、罪があるにも拘らず、撫順戦犯管理所で学習を通じて自己反省し、第二の人生を歩むようになる。過酷だったシベリア抑留生活5年と撫順で送った反省の生活5年を体験し、軍国主義のとりこになっていた自分に目覚める。そこには、同じ社会主義国でも、ソ連と中国には明らかに大きな違いがあったのである。
毛沢東は第7回党大会の閉幕の辞で、「我々は神を感化させることができる。その神とはほかでもない、全中国人民大衆である」と述べた。人民大衆を感化する、これは孫文の王道を継承したものである。撫順戦犯管理所のやり方は、武器を放棄した敵に対しても王道が適用されることを示している。
3 覇道文化:功利武力の文化、人を圧迫する文化
覇道とは現在の言葉で言えば、覇権主義である。近代資本主義の発展は功利追求と武力による征服であり、それが帝国主義と化し、列強間で覇権争いが繰り広げられる。第一次世界大戦はそれが極致に達したものである。
ロシア革命によってロシアは変わり、「王道を主張し、覇道を主張しない」と孫文は見る。そしてソ連社会主義を容認し、中国共産党と協力することを決め、第一次国共合作時代を迎えることになる。ところが、そのソ連は第二次世界大戦後、覇道を色濃くし、社会帝国主義化していく。そして、中国はソ連と袂を分かつことになる。
21世紀の中国は孫文の精神を継承し、「覇権主義反対、覇権を求めない」としているが、米欧日先進国では覇道文化に染まっていて、理解できないでいる。今や、1991年のソ連崩壊後ずっと続いてきた米覇権主義一極支配は終わりを告げようとしている。孫文が期待したように、欧米諸国も覇道を反省し王道に就く日が、久しからずしてやってくるのではないかと期待したい。
4 近代化に成功した日本と共和国トルコを謳歌
1868年の明治維新後、日本は近代化の道を進み、西方文化のよい面、即ちヨーロッパの物質文明を取り入れ成功した。そこで「あなた方日本民族は、すでに欧米の覇道の文化を手に入れているうえに、またアジアの王道文化の本質をももっている」とし、大いなる期待を寄せる。
また西アジアではトルコが,「欧州大戦で同盟国側に加担し、一敗地にまみれて分割されたが、再びヨーロッパ人を追い払い」、1923年に完全独立したトルコ共和国を樹立した。孫文はこれを高く評価し、「現在アジアに二つの最も大きな独立国家がある。東は日本であり、西はトルコである」と強調する。
そして「大アジア主義を説き、アジア民族の地位を回復しようとするには、ただ仁義道徳を基礎とし、各地の民族を聯合する、そうすればアジア全部の民族が大きな勢力を持つようになる」とアジア諸民族の大連合を呼びかける。しかしその後の歴史は、トルコは奮わず、肝心の日本は覇道の道を歩み、孫文の期待は水泡に帰したが、現在、中国主導の下に実現しつつある。
5 科学を学び、工業を興し、武器を改良するのは自衛のため
孫文は仁義道徳という立派な基礎を持った上で、「更にヨーロッパの科学を学び、工業を振興し、武器を改良しなければならない」、しかしそれは「他の国家を滅ぼしたり他の民族を圧迫したりすることではなく、自衛するためである」と説く。
これは間接的に日本への批判的要素も含まれていたと思われる。
日本は日清戦争で台湾を割譲し、日露戦争に勝利してからは大連をロシアから割譲した。これらは明らかに軍国主義的傾向を示している。しかし、孫文としては腐敗した清朝政府打倒とアジア最初の共和国「中華民国」の樹立を主眼点としており、日本の対中侵略については控え目な態度をとっていたのであろう。
ところが、その日本は辛亥革命後も対中侵略を続け、1915年には21か条を押し付け、歴史的に有名な反日の五・四運動を巻き起こした。日本の軍事力は自衛のためではなく、ますます軍国主義の色合いを濃くしていったことは明らかである。孫文がそれを認識しつつも、大道理を説いてブレーキを掛けようとしていたことがこの言葉から見て取れる。
6 中日二大民族の連携がこの運動の原動力に
孫文は次のように述べている。「アジア東部における最大の民族は中国と日本であり、中国と日本こそ、この種の運動の原動力である。この原動力が成果を生みはじめたのに、われわれ中国人はまだそれに気づいておらず、あなた方日本人もまだ気づいていない。だから現在、中国と日本はなお大きな提携がなされていない。」
ここに孫文の日中提携によるアジアの再興を如何に期待していたかが伺える。当時、中国は辛亥革命によって腐敗した清朝を倒し、中華民国を樹立したが、軍閥に政権を奪取され、軍閥割拠の状態が続き、統一国家の体をなしていなかった。そこで一日も早く南北を統一し、強い中国をつくる。そこには日本の対中協力への期待があったと思われる。
思えば、1972年日中国交正常化が実現してから、日中友好関係の黄金時代を迎えることとなった。そして1990年代には日中提携の東アジア共同体構築論が盛んとなった。が、ここ10年以来、雰囲気が大きく変わり、日中関係はこれまでになく悪化している。しかしそれは、日中連携の原動力(潜在力)は存在するが、日中双方が「まだ気づいていない」だけかも知れない。
即ち、今必要なのは、孫文の精神を受け継ぎ、日中両国人民に「日中連携の原動力」を気付かせることである。
7 日本が西方覇道の手先となる傾向に警告
孫文は講演の最後のところで、「西方覇道の手先となるのか、それとも東方王道の干城となるのか、それはあなた方日本国民が慎重にお選びになればよいことです」という言葉で結んだ。これは明らかに日本の侵略的傾向への警告であった。
日本の日ロ戦争での勝利を、アジア諸民族は勇気づけられ、大いに喜んだ。が、「東方のアジア人においては、ある者はたいして重要ではないと考え、それほど喜ばなかった。」ここで言う東方のアジア人とは、多分中国人と朝鮮人を指していよう。
孫文は日本に対して、過度の期待を寄せていたように思われる。日本はアジアの覇者という地位を確立するために、軍国主義の道を突き進んでいた。が、孫文は大アジア主義を説くことによって、日本を東方王道の道に戻せると期待したのではなかろうか。
目を現在に移すと、日本はまだ西方覇道グループの中にあって、日米安保条約にしがみついている。が、今こそ国際情勢の変化を冷静に分析し、反中姿勢を改め、東方王道の側に就くチャンスに恵まれているのではなかろうか。
8 覇道の侵略に対しては武力で抵抗する
孫文は「ヨーロッパ人に対して、ただ仁義によって彼らを感化し、アジアにいるヨーロッパ人に、平和のうちにわれわれの権利を返してくれるように求めるのは、虎に皮の相談を持ち掛けるようなもので、到底できない相談である。われわれの権利を完全に取り返そうとすれば、これを武力に訴えなければならない」と述べている。
この点は極めて重要である。孫文は夢にも思っていなかったかも知れないが、日本はその後、満州事変、盧溝橋事件を起こし対中侵略を始めた。15年戦争である。日本軍国主義に対しては「武力に訴え」、徹底抗戦するほかはない。宋慶齢は孫文の意思を継ぎ、徹底抗戦を支持した。
それに対し、汪兆銘は国民党左派として孫文の容共を支持していたにも拘らず、その後動揺し、日本軍国主義との妥協の道を選んだ。日本には勝てないと見て、汪精衛傀儡政権をつくったのである。孫文の日本への期待感を継承する形をとったようだが、それは孫文の革命精神に全く背くものであった。
二 人類運命共同体構想(2013年提起)
1 中華民族の偉大な復興と全人類解放の目標との結合
中国は中国人民の解放と世界諸民族の解放を旨としており、民族主義と国際主義の結合を常に考える。孫文は中華振興と世界大同を語った。その現代版が中華民族の偉大な復興と人類運命共同体構想である。
前者については、まだ台湾の統一がなされていないという問題を抱えるが、殆ど達成されつつある。人類運命共同体については、グローバルサウスでは殆ど受け入れられているが、米欧日先進国では「中国脅威論」が先行し、受け入れられるところまでには至っていない。
約100年を経て、今は孫文の時代とは大きく異なる。中国の存在感は大いに高まり、その影響力も日増しに増大している。今後の重点は、米欧日先進国での「中国脅威論」を念頭に入れ、人類運命共同体構想の実践に力点を置き、中華民族の偉大な復興はその中で体現されると位置づけるのが望ましいと考える。
2 プロレタリア国際主義から平和共存五原則、十原則へ
第二次大戦が終わった後、世界は資本主義陣営と社会主義陣営が対峙することとなり、後者においてはプロレタリア国際主義が対外外交の基礎となっていた。そして、社会主義国の外交は、コミンフォルムの制約を受け、世界社会主義祖国ソ連の意向を配慮するよう求められた。中国は正式メンバーにはならなかったが、やはりかなりの影響を受けていた。
ところが、1953年3月にスターリンが逝去し、社会主義陣営に動揺が走った。この年の12月、周恩来総理が平和共存五原則(領土主権尊重・相互不可侵・内政不干渉・平等互恵・平和共存)を提起し、54年にインドやミャンマーとの二国間協定に書き込まれた。次の年1955年に開かれたバンドン会議では、それを更に発展させた平和10原則が採択された。(文末注釈参照)
バンドン会議は、アジア・アフリカの非同盟国29か国によって開かれ、正に孫文の大アジア主義の拡大版と見ることができる。ここには米国の同盟国となった先進国日本は含まれていないが、中国、インド、インドネシア、ミャンマーなどアジアの主要国は殆ど参加している。
ここで重要なことは、中国は国際主義を実践するに当たって、階級を土台とした革命連合から国家主権を尊重した「団結と協力」及び「共に発展する」というパラダイムの転換を図ったことである。これによって、ソ連からの制約を受けることなく、自主独立の王道外交を展開することができるようになった。
3 王道である仁義道徳と正義・公理の現代的表現
1970年代に中国と西側先進国との関係が改善され、1980年代には改革開放政策によって目覚ましい経済発展と遂げることになり、2010年代には世界第二位の経済大国となった。そこで、中国は米欧日先進国との関係をどう維持するか、発展途上国への経済的貢献をどう果たすかという問題に直面するようになる。
2013年、人類運命共同体構想が提起され、その内容として、「持続的平和、普遍的安全、共同繁栄、開放包容、清く美しい世界」の五点が提示された。孫文が訴えた王道理念を現在の国際政治に合わせてより具体的に示されたものと言えよう。同時にそれは、バンドン会議平和10原則の延長線でもある。
人類運命共同体構想の提起は、孫文の大アジア主義、周恩来の平和共存五原則を継承するものであるが、物質的実力をバックとしているという点で大きく異なる。かつては受け身の立場に立たされおり、受動的に正義の声を上げるに過ぎなかったが、今は主動的に実際面で世界を導いていくことができるのである。
4 グローバルな発展、安全、文明、統治の4イニシアティブを提起
2020年代に入って、相前後してグローバル発展、グローバル安全、グローバル文明、グローバル統治の四イニシアティブを発表した。それは人類運命共同体構想を補完するもので、世界により鮮明なビジョンを指し示すこととなった。
グローバル発展は発展途上国への配慮、環境問題への対応などが考慮され、国連の持続的発展2030年目標を重ね合わせている。グローバル安全は敵視や対立ではないパートナー意識と対話を重視し、普遍的共同安全を目指す。グローバル文明では、諸文明は衝突ではなく、互いに尊重し合い、学び合う関係をつくり、共通価値観を構築していく。グローバル統治は国連憲章を中心とした国際ルールを守り、グローバルガバナンスを強化していく。
四者の関係については、発展イニシアティブは人類運命共同体を経済面から支え、安全イニシアティブは安全面での土台を与え、文明イニシアティブは精神的連帯を支え、統治イニシアティブは制度的保障を与えるものとしている。正に、孫文の王道論が現代に国際政治に合わせて体現されている。
5 ゼロサム思考と覇権思想からの脱皮(覇権主義反対、覇権を求めず)
人類運命共同体を構築するということは、人類の階級闘争を含む対立の関係、敵か味方の争いという視点ではなく、相互協力によってウインウインの全く新しい関係をつくろうというのである。それは一方が儲ければ他方が損するというようなゼロサム思考ではなく、ウインウインのプラスサム思考で行こうということである。
今日の世界は覇権主義と強権政治が依然として存在しているが、共同体としての利益観、責任観、シンパシーを大切にする覇権無き世界、強権無き世界を構築していこうというのである。これは今までの国際政治学から言ってあまりにも理想主義的で現実的ではないと考えられている。しかし、今や世界一になろうとしている中国が提唱しているということで現実味を帯びるようになったのである。
9月の米中首脳会談の成果文章で、「尊重、公平性、互恵性に基づき戦略的安定に向けた建設的な関係を築くことで合意した」と書かれている。この合意が、米中二大超大国が人類運命共同体に向けて歩みだした第一歩と、歴史的に評価が下される日がやってくることを期待したい。
覇道反対、王道推進!孫文の「天下大同」の夢は、今や現実化しつつあるのである。
6 2017年に書き込まれた国連4機関の決議(3月の安保理第2344号決議)
人類運命共同体構想は国連の趣旨に合致したものであり、国連の決議にも何回か書き込まれた。先ず2017年2月の国連社会発展委員会の決議に書き込まれた。そして3月の2344号安保理決議で、アフガニスタンと周辺地域の安全・安定・経済社会発展のため、協力を進め「人類運命共同体」を築くという趣旨が明記された。同年年3月の人権理事会決議及び12月の総会決議でもこの言葉が書き込まれた。
このように国連の各種会議で、人類運命共同体という言葉の書き込みは、近年までずっと続いてきた。但し、この理念そのものについての討議はされておらず、決議もなされてはいない。
9月の米中首脳会談の成果は、米中力関係の変化をバックとしており、米中対立回避の流れは、ポストトランプにおいても基本的に変わることはないであろう。名称はともあれ、実質的に人類運命共同体構想を議論する国連特別会議が開かれる日がやってくると期待したい。
国際秩序をより公正で合理的な方向へ発展させる必要があり、国際関係の民主化は時代的潮流となっている。当面の先行き不確実性を克服するためには、国際世論を喚起して、早期にこのような特別会議を開くことが望まれる。これは孫文の王道を世界に広め、実行に移すことでもある。
7 米欧日先進国では依然として覇権サイクル論理
「中国はどれほど発展しても、永遠に覇を唱えず、永遠に拡張を図らない。」中国がいくらこのように宣言しても、先進国では依然として米中覇権争い論である。それはヨーロッパが世界を風靡していった近代パワーポリティクス論が依然として国際政治の基本論理となっているからで、それを変えるのは容易ではない。
中国が説く人類運命共同体論はグローバルサウスでは素直に受け入れられているようだが、先進国では殆ど顧みられていない。依然として、イデオロギーの違い、価値観の違いを理由に敵対的意思を優先させているからである。しかし、今大きな変化が生じしつつある。
米国の覇権維持が困難となり、北大西洋条約機構(NATO)や日米安保条約など軍事同盟は動揺している。欧州連合(EU)の戦略的自立、日本の戦略的自立が議論されるようになった。中国の人類運命共同体の構築、覇権無き国際秩序の構築は、徐々に受け入れられるようになっていこう。
「中国脅威論」は全く事実に合わない。しかし中国としては、各種論議に耳を傾け、丁寧に説明していく努力、疑念を解きほぐす努力が欠かせない。この点でも、一部日本の間違った大アジア主義を念頭に、正しい大アジア主義を説いた孫文の手法と精神に学ぶべきであろう。
三 孫文の「大アジア主義」から見た現在の日中関係
1 日本軍国主義の「大アジア主義」(大東亜共栄圏)
1886年の明治維新後、日本は王政復古をスローガンにして天皇を神格化した軍国主義思想が芽生えた。こうした中、日本が中心となってリードする「大アジア主義」が台頭してきた。孫文を支援した頭山満はこの系統に属し、孫文の中国での名声を利用しようとした。
他方、宮崎滔天、梅屋庄吉らは孫文の人柄と主張に共鳴し心から支援した。1930年代に入って、三木清、蝋山正道、尾崎秀実らが「東亜協同体論」を展開するが、基本的に各国平等の正しい「大アジア主義」を継承していたと言えよう。
ところが、日本軍国主義は1931年に柳条湖事件を起こし、公然と対中侵略をはじめた。更に1937年には盧溝橋事件を起こし、中国全土への侵略に踏み切った。そして、1938年11月には「東亜新秩序声明」を発表し、1940年10月には大政翼賛会を発足させた。日本の覇権を目指した「大アジア主義」が強力に推進され、真珠湾攻撃前夜には「大東亜共栄圏」を提起し、対米開戦の口実とした。
こうした中で、清朝末裔の溥儀を皇帝とした満州国傀儡政権は1931年に、前述の汪兆銘傀儡政権は1940年3月につくられた。日本は孫文の期待を完全に裏切り、ヨーロッパ覇道と戦うことを口実に、日本覇権確立のために「覇道の道」を歩んだのである。
2 中途半端で終わった軍国主義の清算
1945年8月15日、日本は無条件降伏を受け入れ、軍国主義は幕を閉じた。ところが、戦後、資本主義陣営と社会主義陣営との対立が生まれ、米軍による日本軍国主義の清算は中途半端で終わった。
1951年に結ばれた単独講和のサンフランシスコ条約は中国抜きの講和条約で、中国と日本との関係を閉ざす結果を招いた。中国と米日との敵対関係が約20年間続いた。
1971年に中国の国連復帰が実現し(中華人民共和国が中華民国に変わって国連参加国に)、1972年に日中国交正常化、1978年に米中国交正常化が実現した。しかし、米国の台湾問題での「曖昧政策」(国交条約に反し、国内法の「台湾関係法」で中国をけん制)と日本の台湾独立支援志向が災いし、米中関係と日中関係に禍根を残したままであった。また日本には侵略を美化しようとする勢力が強く存在し、歴史認識問題はずっと未解決のままであった。
こうして、日本軍国主義清算不徹底の禍根は、台湾問題と歴史認識問題として今に及んでいる。孫文はあの世で、この現実をたいへん残念がっているであろう。
3 東アジア共同体論が高まった1990年代
ここで強調したいのは、日中国交正常化後、日中友好関係が新しい段階に入り、中国が改革開放政策をとるようになったことと相まって、1980年代から1990年代にかけて、日中黄金時代を迎えることになったことである。
大平正芳首相の支持の下、大来佐武郎、向坂正雄、宮崎勇、下河辺淳等、戦後日本の高度成長に貢献した官庁エコノミストが揃って中国の改革開放政策のアドバイザーとして支援した。最近では無視されがちだが、中国経済が高度成長の軌道に乗る上で彼らが果たした役割を忘れてはならない。
こうした中、マレーシアのマハティール首相が1981年にルックイースト政策を提唱し1990年代には東アジア共同体論が盛んとなった。谷口誠元国連大使や鳩山由紀夫元首相らは積極的に世論喚起に励み、中国でも積極的に呼応する動きがみられた。これは孫文の「大アジア主義」の現代版であり、大いに期待できるものとなった。
しかし、現実の国際政治は、まだアメリカ覇権主義の支配下にあり、日中提携は許されるものではなかった。結局、日本はアメリカの実質的圧力に屈し、頓挫することとなった。
4 敗戦と高度成長で形成された対米崇拝論
1991年、米国の最大ライバルであったソ連が崩壊した。米国の一部では中国を仮想敵国とする勢力が存在し、その力が次第に強くなっていった。今世紀に入ると、中国の経済発展が顕著となり、対中警戒心がますます強くなっていった。こうした中、孫文の王道に基づけば、日本は中国やASEANと団結して、米国を説得すべきであった。が、日本は結局、王道を排し、覇道の米国に追従した。
そこには価値観云々の論理もあるが、基本的には欧米崇拝論によるものであろう。一つには、19世紀初期の覇権国家イギリスと同盟を結び、日本近代化の成果を得たという体験がある。二つ目には、アメリカに挑戦して負けた教訓と、日米安保条約を傘として戦後高度成長を実現できたという体験である。そしてアメリカはまだ強大な力を持つ覇権国家であり、ヨーロッパ先進国もNATOに依存しているという現実を重視する。
それに加えて、日本には中国を見下げる慣習が100数十年にわたって醸成されてきた。従って、現実離れの「中国脅威論」がもてはやされ、対中嫌悪感が日本社会を覆うのは決して不思議ではない。対米開戦前夜の状況に照らし、「第二の敗戦」を心配する向きもあるが、「むべなるかな」である。
5 米中力関係の変化に気づきつつある日本世論
当面の日中関係はたいへん厳しい状態にあるけれども、有利な要因も念頭に入れ共に努力すべきだ。米中力関係の変化を日本の有識者が認識しつつあることが先ず挙げられる。例えば、総体では米軍がまだ絶対的優位にあるが、西太平洋に限って言えば、中国側に優位になっているというのが定論となっている。
とりわけ、ウクライナ戦争とイラン戦争で、米軍の優位性がそれほどではないことが露呈された。とりわけ、米国とイスラエルが今年2月に発動したイラン攻撃は、トランプの予想に反して長期化し、中東米軍基地がイランの攻撃によって大きな損失を受けたことで、米軍の脆さが暴きだされた。
他方中国は、国際情勢の変化を冷静かつ客観的に分析し、紛争に巻き込まれないばかりか、各種紛争の調停に力を注ぐ。その国際的影響力はますます増大しており、中国との関係改善、対話ルートの確立が重要だという認識がますます高まっている。この流れは拡大こそすれ、縮小することは先ずないと見ている。
6 日本社会に潜む東方文明:石橋湛山の小日本主義
第二の有利な要因として、日本社会に潜む東方文明の一形態である「小日本主義」を挙げたい。石橋湛山は一貫して日本の軍国主義(「大日本帝国」主義)に反対し、1915年の21か条押し付け、1931年の満州侵略、1937年の全面的中国侵略に反対した。そして経済貿易主義、国際協調主義を主張した。これは孫文の王道思想にマッチしたものである。戦後は蔵相及び首相として活躍し、一貫して中国との関係を重視してきた。
2023年は石橋湛山逝去50周年記念に当たり、超党派の石橋湛山研究会が設立された。7月に設立された時は40人ぐらいであったが、年末には100人にまで増加した。これにより、石橋湛山の思想が日本の政界及び社会全体に如何に深く入り込んでいるかが伺える。岩屋厳氏はこの超党派研究会の自民党を代表した共同代表の一人であった。因みに石破茂元首相も研究会メンバーの一人であった。
岩屋氏は今回大型訪中団を率いて訪中し、王毅外相や何立峰副総理と会談し大きな成果を挙げた。その岩屋氏が記者会見で、「日本は大国ではなく中堅国だ」と語り、大きな世論の反発を招いたと報道された。岩屋氏も元々は大国主義者であったようだが、石橋湛山の思想に触れ、日本の置かれた現実を客観的かつ理性的に見るようになったのであろう。
孫文と石橋湛山は、あの世で岩屋氏に拍手喝さいを送っているであろう。
7 反中国思想とは相容れない皇室文化
私は日本皇室の軍国主義に利用されたことへの反省も重視すべきだと考える。明治天皇、大正天皇、昭和天皇初期20年は、確かに日本軍国主義推進の責任がある。しかし、千数百年続いた天皇制、日本文化の象徴的存在である天皇制を維持するために、昭和天皇は先の敗戦を通して深く反省し、戦犯を祭ってからは靖国神社を参拝しなくなった。そして平和憲法の定める象徴天皇として、平和記念行事には参加するが、自衛隊の催しには一切タッチしていない。
現上皇も今上天皇もその精神を受けついでいる。とりわけ明仁上皇は15年戦争論の立場を明らかにし、中国侵略への反省の気持ちを表明した。1992年の訪中は、日中両国の国民から歓迎された。今上天皇は石破元首相が2025年の8月15日に過去の戦争への反省に触れたことを評価し、今年の終戦記念日での高市首相の対応に不満を示されたとのことである。
日本国民は天皇制を日本文化と結び付けており、皇室に絶大な尊敬の念を抱いている。その皇室が正しい歴史認識を有していることは、今後の日中友好関係を考える上で、間違いなく積極的要因である。
8 日本が最も有力な人類運命共同体論共鳴者になる可能性
習近平主席は2019年アジア文明対話大会で、アジア各国の人々は、「アジア運命共同体と人類運命共同体を共に構築してくことを望んでいる」と述べた。そのうちに、日本が最大の擁護者になるのではないかと期待している。
ある日本人有識者が、中国の人類運命共同体論は日本の大東亜共栄圏の中国版だと詰った。しかしここに日本に共鳴される論理が潜むと考える。大東亜共栄圏はアジアの諸国民を解放すると言って一時日本民衆の支持を得た。ところが戦後、それはペテンであり、日本軍国主義に騙されたと悟った。が、中国の人類運命共同体論が本物であることを認識するようになれば、心から擁護するようになること間違いない。
漢字を使っているのは日本だけである。儒教、仏教、書道、陶器、碁石など、千年以上にわたる交流で培われた共通文化は奥深いものがある。人類運命共同体理念の深みを理解できる国は、多分日本が第一番であろう。ただ、ここで重要なことは、中国が驕り高ぶることなく、真に人類運命共同体理念で辛抱強く日本人を説得することである。
孫文は1925年に逝去された。その時は軍閥割拠を如何に統一するかに心を砕き、台湾の復帰には考えが及んでいなかったであろう。しかし当時、第一次国共合作で国家統一を成し遂げ、立派な中華民国を建設しようとしていた。
また、抗日戦争では第二次国共合作で日本に勝利した。1945年に日本降伏文書を受理した中華民国政府は国共合作の政府であった。国連創設に参加した中華民国政府代表団には、中国共産党の創設者の一人董必武氏が参加していた。
台湾と日本の一部論者は、9月の米中首脳会談で語られた第二次世界大戦中の米中同盟関係について、現中国政府ではなく台湾の中華民国政府だと主張しているが、これは全く事実にそぐわない論である。米中首脳会談での同盟国論議は、歴史的にも国際法的にも全く正しいものである。
孫文の「大アジア主義」と習近平の「人類運命共同体」理念はますます国際的影響力を増していこう。台湾独立勢力はますます窮地に追いやられ、大陸台湾の統一は間近に迫っている。国内外の華人の力と国際的な力を結集して、一日も早く祖国の完全統一を達成しよう!
2026年10月11日
注:バンドン会議平和十原則の内容は次の通りである。
1)基本的人権と国連憲章の趣旨と原則を尊重、2)全ての国の主権と領土保全を尊重、3)全ての人類の平等と大小全ての国の平等を承認する、4)他国の内政に干渉しない、5)国連憲章による単独または集団的な自国防衛権を尊重、6)集団的防衛を大国の特定の利益のために利用しない、また他国に圧力を加えない、7)侵略または侵略の脅威・武力行使によって、他国の領土保全や政治的独立をおかさない、8)国際紛争は平和的手段によって解決、9)相互の利益と協力を促進する、10)正義と国際義務を尊重。



