CATEGORY
国際・日中関係
-
2024年度周恩来記念イベント開催
4/20(土)、京都嵐山にて“2024年度周恩来記念活動”が開催された。 第一部“2024年周恩来記念式典”は「雨後嵐山」の周恩来詩碑がある、大悲閣千光寺で【先人に感謝、未来を開拓】がテーマで進行。
-
人気ブログ「毎日パンダ」高氏貴博さんが、大好きなシャンシャンと中国で再会! 旅の写真集、待望の発売!
青春出版社(東京都・新宿区)は『また会えたね!シャンシャン ~「毎日パンダ」のはるばる中国旅~』(高氏貴博 著)を、2024年6月12日に全国の書店で発売いたします。
-
海江田万里先生新書『李白 その詩と人生』出版イベント開催
2024年4月24日、東京・六本木の多元文化会館において、アジア太平洋観光社は新刊『李白:その詩と生涯』の出版を記念した交流会を開催した。著者は第68代衆議院副議長の海江田万里氏。
-
中国ビジネス環境の実態
この数年、日本の多くのメディアで中国経済に関するネガティブ報道が繰り返えされ、中国のビジネス環境が極めて不安定且つ危険であるように感じる日本人が増えてきたように感じる。この状況が続けば日中両国の経済・貿易・人的交流に多大なる阻害要因となり、win-winの関係、中国関係でよく出てくる表現で言えば相互的互恵関係を築くことが難しくなってしまう。私自身も中国とビジネスをしているが、日本の友人から中国経済は本当に大丈夫なのか?というような連絡が増えてきた。では実際中国の経済事情は本当に衰退しているのだろうか?まずは客観的なデータから紹介したいと思う。
-
【中国人留学生、仕送り額の平均値はいくら?】DYDワーカーさんへのアンケート調査
この度、株式会社DYD(東京都千代田区/代表取締役:太田富也)は、留学生スタッフィングサービス「DYDワークス」の中国人ワーカーさんに「仕送りの金額はいくら?」等のアンケート調査を実施しました。
-
ファーウェイの2023年決算は大幅増益~端末事業と自動車事業の業績改善が鮮明に
ファーウェイが3月29日に発表した2023年12月期決算では、大幅増益を達成したことが明らかになった。過去数年の米国からの制裁を跳ね除け端末事業の業績改善が鮮明となった格好。また不採算が続いている自動車事業(インテリジェントカー・ソリューション事業)の業績も上向いている。巨額の研究開発費で知られる同社の2023年の研究開発費は1647億元。同年の売上高の23%に相当する額で、過去10年の累計の研究開発費は1兆1100億元に達した。
-
インバウンドや地域活性化に役立つ!訪日中国人旅行客の動向・ニーズを“見える化”する「中国人に聞いてみた」が配信開始
インバウンドの地方誘客や消費拡大に向けた観光コンテンツ造成支援事業などを展開する、株式会社ぬるぬる(本社:東京都港区 代表取締役CEO:分部悠介)共同代表の山下智博は、東京を訪れている中国人を対象に、動向やトレンドといった情報収集を目的とする街頭インタビュー動画シリーズ「中国人に聞いてみた」を制作・配信いたしました。共同インタビュアーとして、動画制作サービスや越境マーケティングを強みとする株式会社妙妙(本社:東京都台東区)の代表取締役で、YouTubeチャンネル登録者数21万人のインフルエンサーでもある楊小溪(ヤンチャン)氏が参加。山下が主催する日中オフライン勉強会「鶏会」の有志メンバーとともに、制作を進めました。
-
「AGドリンクX」が、中国最大手のショートムービー/ECプラットフォーム『Douyin(抖音)』にて健康食品・サプリカテゴリーの業界ランキング1位を獲得
株式会社アクシージア(本社:東京都新宿区、代表取締役:段 卓)は、2024年3月30日(土)・3月31日(日)の 二日間、ByteDance社が提供DAU 6 億を誇る中国最大手のショートムービー/ECプラットフォーム『Douyin(抖音)』にて、美容ドリンク「AGドリンクX」の発売一周年を記念したライブ販売を実施し、初日に GMV(※1)ベースで、越境に加え一般貿易も含む『Douyin』全プラットフォームにおける健康食品・サプリカテゴリの当日業界ランキング(※2) 1 位を獲得したことを報告いたします。
-
多種多彩な中国ドラマと 多種多彩な「お楽しみの流儀」
一口に「中国ドラマ」と言っても多種多彩だ。そして、日本人としての「お楽しみの流儀」も多種多彩であるようだ。ドラマの世界にどっぷり浸って満足する人もいれば、歴史を調べたり、さらに「ドラマの世界をもっとよく理解したい」と思って中国語の勉強に力を入れ始めた人もいる。それぞれが「自分流」で楽しんでいる状況だ。
-
25年以上中国映画・ドラマの配給に 携わる「華流」のプロフェッショナル【株式会社フォーカスピクチャーズ代表取締役・仲偉江氏インタビュー】
1989年に日本へ留学し経済学を学んだ仲氏は、日本に残りコンピュータ関係の上場企業に就職してマーケティング関連業務を担当した。90年代に入り、日本市場で取り扱われる中国映画の数が非常に少ないことに気づいた仲氏は、市場参入の可能性を感じ、社内で配給など関連業務の立ち上げを提案した。









