CATEGORY
論説・主張
-
中国の古い自然観に似る西洋思想もある―「文明の対話」専門の中国人教授が解説
東洋思想と西洋思想の発想の違いは大きい。しかし西洋思想にも、中国思想に近い部分がある。
-
香港の新しい選挙制度に3組の「真」あり
2021年12月19日、香港特別行政区第7期立法会の選挙が成功裏に行われた。実践が証明しているように、新しい選挙制度は香港の実情にかなった良い制度であり、3組の「真」を用いて今回の選挙の特徴を詳しく説明することができる。
-
日本発「今年の漢字」が各国に広まった理由とその背景は? 中国辞書学会会長が状況を解説
日本で「今年の漢字」の発表が始まったのは1995年だった。現在では、その年の漢字を選出する動きは東アジアや東南アジアだけでなく欧米にも広まり始めた。中国辞書学会の会長などを務める李宇明氏はこのほど中国メディアの中国新聞社の取材に応じ、「今年の漢字」が広がる状況や各国における漢字文化や中国語の受け入れについて解説した。
-
中国はいかにして「世界の橋梁大国」になったのか―建設の第一人者が苦労話を交えて紹介
中国はすでに、世界の「橋梁(きょうりょう)大国」だ。橋梁建設の第一人者である徐恭義氏は、苦労話を交えながら、中国における橋づくりの“進化”を語った。
-
【東西文明比較互鑑】秦漢とローマ(3)中華道統の礎を築いた前漢王朝
中国の前漢王朝と共和政ローマは同時代に存在した。新王朝の初期、文帝・景帝と続いたわずか40年の間に、漢朝は「皇帝が同じ毛色の馬を4頭揃えられない〔皇帝用の四頭立て馬車を用意できないという意味、それほど困窮していたということ〕」(7)状態から食糧があり余っている状態になった。これだけ急速に豊かになったのはなぜか。朝廷が同一の文字、貨幣、度量衡を利用して巨大な市場を創出し、商取引を通じて各地方の経済を全国的に結び付けたからだと司馬遷はいう。分業は商品交換を生み出し、この「交換価値」が社会全体の富を増やし、同時に農業生産性の飛躍的向上を促したのである。このプロセスを通じて土台となり前提となったのが天下の「大一統」だった(8)。
-
中国の伝統思想が現代社会に教えてくれるものとは―中国の専門家が具体的に紹介
一神教が思想を支配した西洋やイスラム圏、極度に抽象的な哲学が発達したインドなどと異なり、中国の文化文明には「現実の人と社会」を中心に考える発想が強かったとされる。中国国家イノベーションと発展戦略研究会の下部組織である「中国文明と中国の道研究センター」の謝茂松主任はこのほど、中国メディアの中国新聞社の取材に応じて、中国文化を理解するキーワードは「民本と天下」などと説明した。以下は、謝主任の言葉に若干の説明内容を追加するなどで再構成したものだ。
-
人権についてどのように理解すべきか―中国人専門家が「我々の考え」を紹介
米国や米国に近い立場の日本や西欧諸国では、新疆などについて「中国での人権問題は深刻だ」とする声が大きい。しかし中国側は「人権問題が深刻なのはむしろ米国」と主張している。西南政法大学人権研究院の張永和院長はこのほど、中国メディアの中国新聞社の取材に応じて、人権問題についての中国側の考えを紹介した。
-
【東西文明比較互鑑】秦漢とローマ(2)共和政ローマの挽歌
紀元前206年、ちょうど中国で楚漢が争っていたころ、ローマはカルタゴとの第2次ポエニ戦争のただ中にあった。半世紀を費やしてついにカルタゴを滅ぼしたローマは、マケドニアを解体し、地中海の覇者になった。重要なのは、この間ローマはずっと共和政を維持していたことである。
-
東西問・西洋一元民主主義の神話をどう超えたか、全過程人民民主主義、張樹華政治学研究所長が論文
北京12月11日発中国新聞社電は「全過程人民民主主義はどのようにして西洋式一元民主主義の神話を超越したか」と題する政協全国委員で中国社会科学院政治学研究所所長の張樹華氏の次のような論文を配信した。
-
東西問・なぜ「中国5000年の歴史」と言えるのか?―「最古の国の痕跡」発見した学者が解説
よく「中国5000年の歴史」などと言う。どうして「5000年」と言えるのか。中国最古の都市遺跡とされる「良渚古城」を発見した浙江大学芸術および考古学院の劉斌教授はこのほど、中国メディアの中国新聞社の取材に応じて同遺跡や中国における「国の成り立ち」について解説した。以下の文章は、劉教授の言葉に若干の説明内容を追加して再構成したものだ。









